【スペシャルインタビュー】「サッカーがもっと好きになった」原口凌輔選手が語るデフサッカーの魅力 
【スペシャルインタビュー】「サッカーがもっと好きになった」原口凌輔選手が語るデフサッカーの魅力 

博報堂テクノロジーズは東京2025デフリンピックの「”誰もが個性を活かし力を発揮できる”共生社会の実現」という趣旨に賛同し、協賛をします。2025年11月の開幕に先立ち、デフサッカー男子日本代表・原口凌輔選手に話を伺いました。インタビュアーは、自らも自転車競技でデフリンピック出場経験を持つ、当社メンバー・川野。実は幼なじみでもある二人が、デフサッカーの魅力と挑戦について語り合いました。

本記事の対談は、手話を用いて行われました。
一部の写真キャプションでは、実際に使われた手話の意味を解説しています。

音がないからこそ生まれる「神の手」

「私」

原口:株式会社ゼンリンデータコムの原口凌輔と申します。よろしくお願いいたします。

現在は障がい者アスリート雇用という形で経理業務に従事しながら、デフサッカー選手として活動しています。競技活動と並行して、障がい者理解の促進や共生社会の実現を目指した発信活動にも力を入れており、講演や体験会なども積極的に行っています。

川野:サッカーを始めたきっかけについて教えてください。

原口:小学生のころ、友人に誘われたことがきっかけです。学校にサッカークラブがあったので入部し、気づけば夢中になっていました。ただ、高校までは聴者のチームメイトたちとプレーしており、当時はデフサッカーという競技の存在すら知りませんでした。デフサッカーを教えてくれたのは、実は川野さんなんです。

「きっかけ」

川野:私たちは小・中学校を通常学級で過ごしつつ、一部の科目だけ少人数の難聴学級で授業を受けていました。原口さんはそのときの後輩です。原口さんが大学に入学したタイミングで再会し、聴覚に障がいのある選手だけで戦う「デフサッカー」という競技があることを話しました。

僕はデフサッカーをしたことがないのですが、デフサッカーならではのルールや面白さについて教えてください。

原口:まず前提として、音による有利・不利をなくすために、競技中の選手は補聴器の着用が認められていません。審判の笛の音などは聞こえないので、代わりにフラッグが使用されます。とはいえ、これはルールの説明であって面白い部分ではないですね(笑)。

個人的に「聞こえない」からこそ面白いと感じる点が2つあります。まず、通常のサッカーでは守備の場面で、後方からの声、特にゴールキーパーやディフェンダーの指示が非常に重要です。その声は「神の声」とも呼ばれます。しかしデフサッカーではその「神の声」が存在しません。代わりに、前方の選手が手の合図で守備を整えます。「待て」「ここだ!」といったジェスチャーで全体が連動するのです。そのため、デフサッカーでは後方からの「神の声」ではなく、前方からの「神の手」と呼んでいます

もうひとつは、相手の視線をどうコントロールするかという駆け引きです。例えば、私がボールを持っていて、相手がマークしてくるとします。その選手も音が聞こえないので、私がわざと斜め後ろを指さすと、ついそちらを見てしまう。その瞬間に反対側が空くんです。また、あえて長くボールを持って相手チーム全体の視線を引きつけ、味方をフリーにするなど、視線の誘導だけでも大きく状況が変わります

「攻める」「守備」「守る」

生まれ育った地で、初めてのデフリンピックへ

川野:東京2025デフリンピックが間近に迫っていますが、東京でのデフリンピック開催と、そこに出場するということは、原口さんにとってどんな意味を持ちますか。

原口:デフリンピックは今回で100周年を迎えます。この記念すべき年に、自分の生まれた国でデフリンピックが開催されるというのは、本当に嬉しく、誇りに思います。

私はデフサッカーを始めて10年、そして日本代表入りしてから9年が経ちますが、これまで一度もデフリンピックに出場したことがありません。

8年前のトルコ大会では落選、続くブラジル大会では新型コロナウイルスの影響で、サッカー代表チーム自体が出場できなくなってしまいました。

今回の東京大会が、私にとって初めてのデフリンピックになります。これまでの9年間の悔しさ、そして「デフサッカーで世界一になりたい」という思いをすべて結果につなげたいと思っています。これまで支えてくれた家族、仲間、会社の皆さんに、プレーと結果で恩返しをしたいです。

「デフリンピック」

川野: デフリンピックでの目標を教えてください。

原口:これは私個人というよりも、チーム全体の目標として掲げているのですが、「世界一になること」です。

2年前のワールドカップで日本代表は2位という結果を残しました。

それまでは、アジアでは勝てても世界では予選突破が難しく、「世界一」は夢物語のようなものでした。しかし、そのワールドカップでの経験によって、「夢」が「現実的な目標」に変わったと感じています。今では「世界一」が具体的に目指せる位置にあり、この目標に向けて、できることをすべてやり切りたいと思っています

広がる新たな応援スタイル「サインエール」

川野:デフリンピックを観てくれるみなさんには、どのように応援してもらえると嬉しいですか。

原口:まず、応援していただけること自体が本当に嬉しいです。

そのうえで、聴覚に障がいのある人でも楽しめる「サインエール」という新しい応援方法を、東京から広めようとしています

手を使ってタイミングを合わせ、「行け!」というように、気持ちをみんなで表現するんです。

参考:デフアスリートに届ける新しい応援スタイル『サインエール』(https://www.tokyoforward2025.metro.tokyo.lg.jp/news241217/

それ以外にも、旗やタオルを使ったり、普通のサッカーのように腕を振ったりと、視覚的にわかりやすい応援はすごく嬉しいです。応援の熱量がダイレクトに伝わってくるので、本当に力になります。

川野:サインエールは、手話は分からない人でもチャレンジしやすい応援方法だと思います。でもやはり、全身で応援してもらえると、それを見るだけで嬉しいですよね

 「サインエール」(がんばれ!の意味も兼ねる)

仕事と競技の両立 ― 社会人アスリートとしての挑戦

川野:普段の練習についても教えていただけますか。

原口:普段は、1週間をサイクルとしてコンディションを整えるようにしています。

日曜日に試合があるので、月曜日をオフにして、そこから次の試合までの間にデフサッカーチームの練習、社会人チームでの練習、そして筋力トレーニングやラントレーニングなどを組み合わせながら、自分の状態を見て調整しています。

川野:僕も競技をしていたときは、調子の波を作るよう意識していたので、よくわかります。競技と仕事の両立はやはり大変ではないですか。

原口:そうですね。川野さんも同じだったと思いますが、社会人アスリートとして活動する難しさは確かにあります。私はありがたいことに、新卒で入社した際から「障がい者アスリート雇用」という形で契約をしていただいています。当時、デフサッカー選手の中では中途採用での障がい者アスリート雇用が一般的で、新卒採用は私が初めてでした。

前例がなかったので手探りの状態でしたが、お世話になった方からいただいた「アスリートである前に社会人であれ」という言葉を胸に、社会人として仕事を全うすることを第一に、競技はその次に位置づけていました。そのため、新卒から3年間はフルタイム勤務を続けながら、勤務後に練習やトレーニングをしていました。

ただ、毎日続けるうちに体への負担が大きく、安定したコンディションを保つことが難しくなってきました。そこで4年目に会社と相談し、時短勤務に切り替えました。その際には、社会人としてのキャリアとアスリートとしてのキャリアをどう両立させるか、真剣に話し合いました。試行錯誤を重ねた結果、今の働き方が「仕事と競技を両立できる理想的な形」だと感じています。

川野:今、競技を続けるうえで最も支えになっているものは何ですか。

原口:やはり「サッカーが好き」という気持ちが一番大きいですね。

実は、高校までの私は、本当の意味で「サッカーをプレーしていた」とは言えなかったと思います。サッカーは団体競技で、仲間とのコミュニケーションが不可欠です。しかし私は当時、聞こえているふりをしたり、理解しているふりをして過ごしていました。きちんとしたコミュニケーションを取れないまま、感覚でプレーしていたんです

その後、デフサッカーに出会い、お互いしっかりとコミュニケーションが取れる言語である手話を使ってプレーをした時に「あ、これが本当の意味でサッカーをプレーしているということなんだ」と感じました。初めて他のメンバーと一緒にプレーしていることを実感したんです。

それ以来、社会人チームで聴者の仲間とプレーする際にも、積極的にコミュニケーションを取るようになり、そうすることで自分の中ではこれまで把握できていなかったプレーの仕方が分かるようになりました。

サッカーがますます楽しくなり、「もっと上手くなりたい」「もっと強くなりたい」という気持ちがどんどん強くなっています。この純粋な情熱こそが、私にとって一番の原動力であり、支えになっています。

デフサッカーが、周囲や自分自身との向き合い方を教えてくれた

川野:聞こえる方と一緒にプレーをしたり、仕事をしたりする中で、困難を感じた経験はありますか。

原口:もちろんたくさんあります。自分はマイノリティですから、聞こえる人たちの輪に合わせていく必要がある場面が多いんです。

これはサッカーに限らず、プライベートでも同じで、会話の内容を自分から聞きにいかないと情報が得られません。これについても高校までは「仕方ない」と諦めていましたし、正直、自分の障がいについて深く理解していなかったと思います。

でも、大学時代に川野さんと再会してデフサッカーを始め、同じような境遇、バックグラウンドを持つ仲間たちと出会ったことが大きな転機になりました。彼らとの出会いを通じて、「自分の障がいとどう向き合うか」「そのうえで他者とどう関わっていくか」ということを真剣に考えるようになったんです。その結果、周囲との関わり方も大きく変わりました。

ただ、たとえば会社の会議では、文字起こしアプリを使って内容を把握することはできるのですが、誰が話しているのかまではわからないんですよ。「今この人が話しているのかな」と思って顔を上げたら、全然違う人だった…なんてことも時々おこります。 また、文字情報だけでは、話している人の温度感や冗談のニュアンスが伝わりにくいんです。そうした瞬間に少し寂しさを感じることもありますね。

「難しい」

助け合いながら価値を生み出す仕組みづくり

川野:逆に、会社や周囲の人たちにサポートしてもらって助かった経験はありますか。

原口:はい。自分が皆さんと一緒に働いていくために、私だけでなく「みんながより良く働ける仕組み」を作ってもらえたことが大きいです。

たとえば、会議のときに使っている文字起こしツールも、最初は私のために導入されたものでした。ところが今では、私がいない会議でも活用されるようになり、それをもとに議事録を簡単に作成できるようになりました。これはチーム全体の業務効率化にもつながっています。

社会人チームでも同じです。「原口が聞こえないから」という理由ではなく、チーム全体がより良くなるように工夫してくれています。練習や試合のあとには、その日の出来事や課題、良かった点などをテキストでまとめて共有するようになりました。これにより、誰もが内容を振り返りやすくなりました。

このように、「障がいのある人を助けよう」という考えを超えて、「助け合いながら価値を生み出す仕組み」を皆さんが一緒に作ってくれたことは、私にとってとても大きなサポートでした

私は、こうした考え方が社会全体にもっと広がっていくといいなと思っています。障がいのある人とそうでない人が自然に協力し合い、お互いに支え合う、そんな共生社会を目指しています

「支え」

私自身も支援を受けるだけではなく、「自分に何ができるか」を考えるようにしています。会社では「こんにちは」「お疲れ様でした」といった簡単な手話を日常的に使っています。手話を通じた小さなコミュニケーションが、自然に多様性を受け入れる空気づくりにつながればうれしいですね。

川野:僕も博報堂テクノロジーズで手話を広めてみようかなと思いました。本日は、貴重なお話をありがとうございました。デフリンピック、頑張ってください。応援しています!

※ 記載内容は2025年10月時点のものです

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