博報堂DYグループのテクノロジー領域を支える博報堂テクノロジーズにおいて、デジタル広告運用のプロダクト開発を担う開発第3センター。今回は、並河祐貴執行役員兼統合マーケティング・メディアユニット 開発第3センター長に、長年の経験に基づいた開発哲学や博報堂テクノロジーズならではのAI活用について話を伺いました。
螺旋状のキャリアを歩みながらホワイトスペースを埋めてきた

はじめに、並河さんのこれまでのキャリアについてお聞かせください。
私は20年近くエンジニアとして経験を積んできました。新卒で入社したSI企業の社内ベンチャーで5名ほどの組織の技術責任者を務めた後、自分のエンジニアとしての腕をより大きなサービスで試したいという思いからメガベンチャーに移りました。そこでは、アバターコミュニケーションサービスの開発と運用を担当しました。5年間の在籍期間中に、プレイヤーからマネージャー、再びプレイヤー、そして部門責任者という螺旋状のキャリアを辿っています。プレイヤーとして貢献したいという思いと、自分ひとりでやれることの限界の間で行ったり来たりしていました。
エンジニアとしては一定の成長ができたという実感を得ると同時に、会社の意思決定に携わりたいという気持ちが大きくなったころ、スタートアップに転職し、開発責任者や執行役員、取締役といった経営に近いポジションを経験しました。
その後、縁があってソウルドアウトと、そのソフトウェアカンパニーであるSO Technologiesに参画し、執行役員CTOを務めるとともに、ソウルドアウトが博報堂DYグループに入った2022年末からは博報堂テクノロジーズも兼務をしてきました。2025年4月からは、開発第3センター長として、デジタル広告運用領域のプロダクト開発を担っています。
どのような価値観でキャリア選択をされてきたのでしょうか。
私は自分が思い描いたキャリアのシナリオをきれいに辿ってきたわけではありません。キャリアパスを振り返ると、常に目の前に開けてきた未経験の領域、私が「ホワイトスペース」と呼ぶ領域を見つけ、そこに挑戦することを繰り返してきたように思います。
並河さんが広告業界に挑戦された理由を教えてください。
広告業界へ参入するきっかけは、スタートアップでの経験にあります。スタートアップでは、知名度やコストが限られる中で、集客を広告に頼っていました。その際に、広告運用がマーケティングにおいて非常に重要な武器になることを実感し、「広告ってすごいな、可能性を感じるな」と思うようになりました。これによって、それまでは正直少し遠ざけていた広告運用領域が、私にとって新たな挑戦すべきホワイトスペースとなったわけです。
生活者データと質の高いコンテキストの発見で「博報堂DYグループらしいAI」を生み出す
生成AIの急速な発展により、ソフトウェア開発は「人がコードを書く」フェーズから「人とAIの協業によって効率的な開発を実現する」フェーズへと移行しつつあります。
こうした環境変化を踏まえ、博報堂テクノロジーズでは全社横断の「AI駆動開発推進プロジェクト」を新設し、並河さんが責任者を務めています。開発第3センターとしても、このプロジェクトと連動しながらAIを軸にしたプロダクト開発を強化し始めています。

博報堂テクノロジーズでのAI活用戦略の方向性について教えてください。
博報堂テクノロジーズは、データやソフトウェアを軸にマーケティング領域でテクノロジーを活用し、事業成長とクライアント貢献を目指しています。その中で、AIは開発の効率化とケイパビリティUPの要となります。
長い目で見ると、今後は人ではなくAIが開発をスケールさせる時代が来ると予測しています。この変革期において、エンジニアのあるべき姿や、最後まで人が取り組むべき領域を言語化し、それに基づいた採用戦略や成長戦略を構築していく必要があります。こういったテーマは、マーケット全体で見てもまだ答えが確立されていないので、会社の皆で試行錯誤を重ねていくことそのものが、今後の当社の競争力にも、一緒に働くエンジニアたちの成長にもつながると考えています。
そして、会社が一体となってAIを最大限活用し、プロダクティビティやケイパビリティを最大化していくために、現在、AI駆動開発推進プロジェクトを動かし始めています。
AI駆動開発推進プロジェクトの現在地を教えてください。
これからロードマップを作っていくという段階です。まずは社内でのAI駆動開発の普及と、現場でのケイパビリティUPを促進することを重視しています。例えば、有志で実施しているAI関連の勉強会を会社全体の取り組みとして実施したり、実際の開発プロジェクトでAIツールを導入してみたりすることで、「これちょっといいな」と感じてくれる人を増やすことが第一歩目ですね。将来的には、AI駆動開発によって会社全体における開発スループットを向上させ、競争力を高めていきたいです。
AI活用における博報堂テクノロジーズの独自性はどこにありますか。
当社の独自性は、博報堂DYグループが持つ膨大なデータにあると個人的には考えています。グループ全体では数百社あり、各社が生活者・広告といったマーケティングに関するデータを本当にたくさん持っています。ただ、まだまだデータが統合しきれていない部分もあるので、今後統合を進めることでデータの価値を一層高めていきます。
また、AIが期待に応える動きをするためには、与えるコンテキスト(文脈)の質が重要です。AIに伝わりやすいコンテキストを見出し、それを構造的に整理したうえで、我々の持つ膨大なデータを学習させることで、より「博報堂DYグループらしいAI」や、クライアントへの独自の価値提供が可能になると考えています。
完全内製開発を強みに、プロダクトを育てる開発第3センター

開発第3センターの組織概要と開発している主要プロダクトを教えてください。
開発第3センターは、デジタル広告運用領域のプロダクト開発を担う組織です。約40名のエンジニアが所属しており、3つの部で構成されています。プロダクト開発において、企画・施策は他のセンターが担当しますが、第3センターは、実装から市場へのデリバリーまでを責任範囲としています。
開発しているプロダクトは主に二つの系統があります。一つはデジタル広告運用の効率化プラットフォームで、「Advertising Flow」「Commerce Flow」「iPalette」といったプロダクトがあります。これらは、各媒体の広告運用の自動化・最適化や、広告実績レポートの自動作成、クライアントとのクリエイティブ確認を効率的に行うためのプラットフォームです。
もう一つは、マーケティングのあらゆるプロセスを効率化・高度化することを目指して当社が開発を進めている、AIを活用した新しい統合マーケティングプラットフォーム「CREATIVITY ENGINE BLOOM」の中の「CREATIVE BLOOM」の開発です。「CREATIVE BLOOM」は市場/商材理解やペルソナ生成、訴求軸生成といったプランニング業務やウェブバナーの自動生成、素材管理、効果予測などを支援します。
開発第3センターの役割を教えてください。
「マーケティング×内製開発を強みに、プロダクトの継続的なグロースを実現する開発を確立し、博報堂DYグループと生活者の発展に貢献する」ことです。我々は作って終わりではなく、ユーザーからのフィードバックを得て、プロダクトを継続的に改善・育成することを目指しています。私たちが育てたプロダクトを通じて、博報堂DYグループ、そして生活者の発展に貢献したいと思っています。
そのために、完全内製開発であることを重視しています。ソフトウェアは「生き物」であり、トラブル対応やフィードバックの迅速な適用には、開発と運用が一体となった内製体制が不可欠だと考えています。
そして、我々は「先端のAI/Webテクノロジーを活用し、プロダクト戦略に基づいた改善開発を自律的に実行し続ける」ことをビジョンとして掲げています。私たちの組織ではテクノロジーをとても大事にしており、2025年現在においてはAIの利活用は必須であると考えているので、そういった要素を明文化し旗印としています。
また、クライアントや生活者にとって価値のあるプロダクトを作るためには、エンジニアもプロダクトや事業ドメインを理解することが必要です。プロダクトへの理解を深め、自律的にプロダクトの改善を続けることと、技術に磨きをかけること、この両方が重要であるという思いをビジョンに込めています。
プロダクトファーストを実現する組織へ

開発第3センターに浸透させたい行動指針や価値観はありますか。
私自身の中ではプロダクト開発に関する明確な価値観があり、それをセンター全体にも浸透させていきたいと考えています。まず、最も重要なのは「プロダクトファースト」であることです。そしてプロダクトをグロースさせ続けるために、以下の5点を大切にしています。
1. アウトプットよりアウトカム
プロダクトを作ることを目的にするのではなく、顧客に起こった変化やもたらす価値を最大化することを目的とします。
2. プロダクトに紐づいたチーム構成
開発、営業、カスタマーサポートといった職能ごとではなく、プロダクトごとに同じ目標を持つワンチームを構成します。これはアウトカムを意識するためにも重要です。
3. 小さく速く作り続けることを目指す
ソフトウェアビジネスは不確実性が高いため、打席に立つ回数を増やすことを重視します。小さくリリースし、反応を見て、改善サイクルを速く回します。
4. プロダクトにとって最適な技術選定をする
プロダクトの状況やニーズに応じて最適な技術を現場で柔軟に選定します。技術トレンドの変化が激しい現代において、エンジニア個人としても特定の技術に固執せず、必要な技術を取り込めるマインドを重視しています。
5. 開発と運用を分離しない
開発と運用を一体化させることで、作ったものがユーザーにどう使われたかのフィードバックが開発者本人に直接返り、エンジニアの成長につながります。
プロダクトや人を育てる上で、マネジメントとして大切にされていることは何ですか。
プロダクトを成長させる最大のエンジンはエンジニアの成長であり、エンジニアを成長させる最大のエンジンはプロダクトの成長であると捉えています。
自分が作ったものがたくさんの人に使われることで、想定外の使われ方やフィードバックが得られ、それが次のアイデアの源泉となります。このサイクルをいかに速く、正しく回すか。そのために、先ほどお話した「小さく速く作り続ける」ことや、「開発と運用を分離しない」という価値観を浸透させ、エンジニアがプロダクトと共に両輪的に成長できる環境を作ることが重要だと考えています。
この考え方は、かつて携わったユーザー数1,000万人超のサービスでの成功体験が原体験になっています。私自身そのサービスのユーザーであり、ファンだったので、何かトラブルがあった時には、なんとかして少しでも早く正常な状態に戻して、ユーザーに楽しい体験を届けたいと思っていましたし、日々チームで議論をしながら改善を繰り返しました。その結果、トラブルはほとんど起こらなくなりましたし、エンジニアとしてもぐっと成長した実感がありました。
生活者が購買に至るまでの全過程がデータとして蓄積されている唯一無二の環境

エンジニアが広告業界で挑戦することの面白みは何でしょうか。
大きく二つあります。一つは、技術的な難易度の高さです。デジタル広告の運用データは非常に膨大です。複数の媒体やキャンペーンを横断し、異なる成果指標を統合し、一つのデータベースで管理し、価値に変えていくことは、非常に難易度が高いデータマネジメントの挑戦です。
もう一つは、データの面白さです。我々が持つデータは単なる広告実績だけでなく、生活者発想に基づき、購買に至るまでの人の行動、市場トレンド、興味関心など、多様なログを含んでいます。特に博報堂DYグループには生活者の心理や行動に関する多様なデータが揃っており、「物が売れていく過程全般」に対する分析が可能です。この膨大なデータ群は、エンジニアにとっても興味深いですし、その分析を通じて、新しい価値を見出せる可能性があると思います。
キャリアパスをもっと自由に

最後に、並河さんご自身が今後チャレンジしたいことは何ですか。
これまでも螺旋状のキャリアを辿ってきましたが、今後またどこかのタイミングで、もう一度現場に戻ってコードを書くのも良いなと思っています。私は今、執行役員というマネジメントの立場ですが、自分のマネジメントとしての価値は、エンジニア出身で、サービスの現場に精通していることにあると考えています。こういった技術的なマネジメントを機能させ続けるためには、現場の解像度を上げ、技術の詳細を深く理解し続けることが不可欠です。そして最新の技術にキャッチアップするためには、自ら手を動かすことも重要だと感じています。
ですから、今時点の個人的なテーマは、目の前の事業貢献を果たしつつ、柔軟なキャリアパスを実現できる環境を整えることです。具体的には、後進の育成や、CTOなどの専門職のマネージャーがスムーズに現場へ戻るための仕組みや制度を、組織の中で考えていきたいと思っています。トップの人間がこのように自由な発想でキャリアを考えていることが、現場のエンジニアにとっても魅力的に映ると嬉しいです。








