生成AIの活用が進むなかで、システム開発におけるコーディングなどの実装に関するコストは急激に低下しています。この劇的なパラダイムシフトのなかにあって、ITエンジニアは、どのように「価値の創出」に向き合うべきでしょうか。
博報堂テクノロジーズのValue Co-creationセンターで、新規事業や最先端プロダクトの開発に携わる3名のエンジニア(小黒氏、西森氏、島田氏)は、AIをフル活用することでアウトプット量を大幅に向上させ、空いたリソースを「ビジネスモデルの設計」や「顧客の真のペインを解き明かすデータ分析」といった上流の領域に投下し、「実装を担う」にとどまらない、価値を追求しています。
感覚論ではなく、エンジニアならではの「データドリブンなアプローチ」で事業成長に直接コミットする3人。「仕様書通りの開発」から越境し、ビジネスの価値創造に踏み込む、これからの時代に必要なエンジニアのありように迫りました。
■目次
- AIによる「作るコスト」極小化と、得られたリソースの再配置
AIで開発工数を削り、浮いたリソースを上流の価値創造へ投下した開発現場の実践例
- エンジニアならではの「データドリブン」なビジネス開発
行動ログや数値シミュレーションを軸に、データで事業成長を牽引するアプローチ例
- 「越境するエンジニア」に必要な4つの資質
実装の枠を超え、ビジネスや顧客理解へと自身の領域を拡張するための4つのマインド
- エンジニアの未来像と、それぞれのキャリア展望
AI時代のエンジニア像と、キャリア展望
■プロフィール

・小黒 陽弘(フルスタックエンジニア)
Web系スタートアップや大企業子会社で、ゲーム・EC・SaaS・AIプロダクトの新規開発に従事。その後、博報堂テクノロジーズに入社し、発話解析プロダクトの立ち上げからグロースまでをリードエンジニアとして牽引。並行して新規事業部門のPoC支援や技術相談も担う。

・島田 ミト(フルスタックエンジニア)
新卒でコンサルティングファームに入社。製造業を中心に先端技術を活用した新規事業開発を多数支援。その後博報堂テクノロジーズに入社し、複数の自社事業のプロダクト開発を統括。

・西森 巧(フルスタックエンジニア)
Web系事業会社にてフルスタックエンジニアとして、フロントエンドからバックエンド、インフラまで設計・実装・運用を全面的に担当。博報堂テクノロジーズ入社後は博報堂の新規事業部門にて、複数プロダクトの開発を統括。
AIによる「作るコスト」極小化と、得られたリソースの再配置
AIの導入前後で、現場のエンジニアの業務フローはどのように変わったのでしょうか。
小黒:一番大きく変わったのは、やはりプログラムを書く時間が大幅に減ったことです。空いた時間を別の業務に当てられるようになりました。現在の業務のやり方としては、自分が「こういうシステムや仕組みを作りたい」という要件を、まずは自然言語で書いてドキュメントを作成します。それをAIに投げ続けるんです。すると、ある程度完成したものが出力され、最終的なレビューを私がしっかりと行う、という流れに変わりました。コーディング時間が、ほぼ「指示出しと最終レビューの時間」に置き換わったというイメージです。
また、従来は外注することが多かったデザイン業務も、自分でAIを駆使して行うことが増え、エンジニアとしての業務の幅は確実に広がっています。
西森さんは、他社との共同開発プロジェクトから引き継いだシステムを、現在は1人で回されているそうですね。
西森:現在メインで担当している『マイメガホン』というプロジェクトでは、元々別の開発会社で複数人のエンジニアが作っていたシステムを引き継ぎ、現在は、システムのShopifyへのリプレース計画を進めています。当時と今とでは求められる開発内容自体が異なるため単純比較はできませんが、実装や技術調査、テストといった物理的なコストがAIによって格段に下がっているため、保守や最適化も含めて、基本的には私1人でカバーできています。1人当たりの生産性が向上したことで、単に仕様通りの実装をするだけでなく、担当できるプロジェクトやタスクの範囲を大きく広げることができています。

島田さんが担当する『Neighbors Food Market』でも、劇的な効率化が起きていると伺いました。
島田:『Neighbors Food Market』は、2年前の立ち上げ期は複数名のチームでした。ですが、僕が「AIをぶん回せば、1人でいける」という手応えを得て、いまは完全に僕1人で開発を行っています。当時と今とではフェーズが異なるものの、ここ数ヶ月は1人で開発を回しながら、なお「より付加価値の高い業務にリソースを充てられている」という状態です。
これは、仕組み化を徹底して進めた成果でもあります。ビジネス側のメンバーが機能追加要望や不具合修正を普段の言葉でAIに投げかけると、プロジェクトの仕様や設計方針を理解したAIが内容を整理し、効果やコスト、緊急性から対応の要否を判断します。
対応するものは、異なる役割を持つ複数のAIが相互にレビューしながら、設計、実装、テスト、テスト環境への反映までを進めます。曖昧な仕様や影響の大きな変更だけ、人間がしっかり確認しますが、こうした仕組み化の結果、細かな修正のたびに会議へ参加する必要がなくなり、僕は重要な判断に集中できるようになりました。

AIに実装を任せることで、かえってテストコードが肥大化し、CI(継続的インテグレーション)が回らなくなるという「AI駆動開発特有の課題」もあると伺いました。
島田:僕はテストを最適化する「ミューテーションスコア」という手法をAIを活用しつつ採り入れています。ミューテーションスコアとは、プログラムの条件式や計算処理をあえて少しだけ書き換え、テストがその異常をきちんと検知して失敗するかを確かめる手法です。コードを変えてもテストがすべて通ってしまうなら、テストがその部分の振る舞いを十分に検証できていない可能性があります。
さらに、それぞれのテストがどの変更を検知できるかを比較すると、同じことを重複して確認しているテストも発見できます。こうしたプロセスを経て、異常を検知する力をできるだけ落とさずに重複したテストのみを減らし、CIを軽くしていきます。
この手法自体は1970年代から存在します。ただ、コードを何度も書き換え、そのたびに大量のテストを実行し、結果を分析して改善するには大きな計算コストと手間がかかるため、日常的な開発プロセスに組み込むのは簡単ではありませんでした。
しかしAIを使えば、変更の生成、テスト結果の分析、足りないテストの追加、重複したテストの削減といった泥臭い作業を継続的に回しやすくなります。テストの本数を増やすのではなく、異常を検知する力と実行時間のバランスの最適化ができます。その他にも、ドメイン駆動設計(DDD)やSOLID原則といったソフトウェア開発の歴史にある優れた思想・原則を、AIに選び取らせて実装する「ハーネス作り」に日々取り組んでいます。
エンジニアならではの「データドリブン」なビジネス開発
実装という「作るコスト」が低下し、時間が生まれたことで、皆さんのリソースはどこへ再配置されているのでしょうか。
西森:やはり開発タスク以外のビジネス側の領域です。今新しくやろうとしているプロジェクトの検証フェーズ(PoC)では、競合調査をしたり、競合の状況を踏まえて「どういうコンテンツ構成にしたらビジネスとして機能するか」といった設計部分に、初期から深く入り込んでディスカッションをしています。
島田:僕の場合、浮いた時間は「現場(バイヤーやサプライヤーなどの顧客)に行くこと」と「新しいソーシャルビジネスの仕込みや新組織の立ち上げ」に当てています。
小黒:技術的に「何を作るか、どう作るか」というHowのコストが激減した以上、エンジニアは「何を作るべきか、それを実装したらどれくらいの売上をつくれるか」という、ビジネスと損益を考えられる存在でなくてはならないと感じています。

ビジネス領域にコミットする際、「エンジニア的な考え方」を活用することはあるのでしょうか。
島田:データドリブンに事象を捉えることは多いかもしれません。『Neighbors Food Market』はB2Bの流通プラットフォームですが、初期のビジネスモデルでは、様々な事情から取引手数料(マージン)を取っておらず、月額の利用料金だけで運用していました。しかし、事業をサステナブルに成長させるためには、GMV(流通総額)の拡大に伴って売上が伸びる手数料モデルへの移行が不可欠でした。一方で、「手数料を導入すれば、大口のサプライヤーが離脱してサービス自体が終わってしまうのではないか」という感覚的な懸念がチーム内にありました。
ですが、各サプライヤーの実際の過去の取引金額データを抽出し、分析することで、「手数料率をY%に設定すれば損益分岐点はAになり、その影響を受けるサプライヤー数はB人になる。このレンジであれば、サプライヤーに手数料負担を上回るメリットを提示しつつ、事業を存続できる」というシミュレーション結果が得られ、料金プランの改定を提案できました。もちろん、価格設定は正解のない問題であり、人が勇気を持って判断すべき領域です。客観的なデータを切り口として提示したことで、チーム全体が「感情論ではなく、数字をベースに冷静にサステナブルな値決めを考えよう」というデータドリブンなマインドに変わったと思います。こうした文化的な変化をもたらせたことが、自分がビジネスに関与した結実と捉えています。
小黒さんのビジネス領域へのアプローチはどうでしょうか。
小黒:私が担当している発話解析AIツールは、SaaSプロダクト単体での販売ではなく、CS(カスタマーサクセス)コンサルタントによる人力のクライアントサポートがセットになっています。このモデルでは、CSメンバーの稼働がボトルネックになりがちです。とくに、クライアント向けの週次ミーティングに向けて、データの海から報告用の資料を抽出し、資料を作成する業務が、大きな負担になっていました。そこで私は、CSメンバーが日々行っている業務プロセスを明確なステップに分解し、それぞれにかかっている所要時間を定量化(数値化)しました。
そのデータをもとに、ある特定の操作やデータ収集をAIによってシステム化し、アラート通知を自動化できれば
– CSメンバー1名が削減できる時間=X時間
– 1人が同時に担当できるクライアント数をY倍に引き上げられる
– 結果として、原価(コスト)をZ削減できる
というシミュレーションを作りました。エンジニアとしての自分の開発人件費と、システム化によって削減できるCSチームの稼働工数、そしてそれによって得られる売上を天秤にかけ、最もROIが高いものから順番にタスクをソートして実装に移しています。コストと売上に完全に直結させて開発を判断する、というアプローチです。

ビジネス開発における顧客理解のフェーズでも、データドリブンな思考は活きているのでしょうか。
西森:ログを重視します。顧客ヒアリングなど定性的アプローチで得られる情報は限定的です。ユーザー自身が自覚し、言語化できる部分しか聞き取れないからです。本当に解決すべきクリティカルなペインは、ユーザーの「無意識の行動」のなかに隠されていることがあります。例えば、特定の画面でユーザーが離脱している際、ユーザーに「なぜここで離脱したのですか?」と聞いても、明確な回答をできる方はほぼいません。だからこそ、遷移経路や離脱率などの「行動ログ」をシステム的に取得し、定量的なデータとして扱います。ユーザーの無意識の行動データから仮説を立て、ヒアリングによる定性情報を掛け合わせることで、精度の高い本質的な課題にアプローチできます。結果、現在は『マイメガホン』でCRM周りを強化し、データに基づくマーケティングやパーソナライズを整備しようとしています。
島田:データドリブンなアプローチは、皆にとって日常的なものだと思います。僕の場合も、データ分析(ファネル分析)を進める中で、多くのバイヤーが商品検索をして詳細画面まで進んでいるにもかかわらず、「見積もり依頼」ボタンを押さずに離脱している行動ログが浮き彫りになりました。ここから、「具体的な取引条件や価格帯が見えないことが、注文を躊躇する無意識の障壁(ペイン)になっているのではないか」という仮説を立て、詳細画面に「参考卸値」を表示する仕様へのアップデートを行いました。
実装からビジネス・顧客理解へ。「越境するエンジニア」に必要な4つの資質とその意義
実装から一歩踏み出し、ビジネスや顧客理解に「越境するエンジニア」となるためには、どのような資質や技術が必要でしょうか。
小黒:幅広い技術知識が必要になると考えています。AIがどんなに進化しても、最終的な成果物に対して「責任を取るのは人間」です。AIが出してきたアーキテクチャやコードが適正か、セキュリティホールがないか、インフラと連携したときに無理がないかを正しく判断できなければなりません。そのため、ネットワーク、データベース、セキュリティといった、Webアプリケーションを構成するすべてに対する「幅広く深い知識」を持っておくことは、AIへの入力の精度を高め、アウトプットを評価するために必要な条件になります。
さらに言えば、「考え続ける思考力」も大事でしょう。AIに指示を出せば、中身を真剣に検討しなくても、何かしらの「それっぽい成果物」が簡単に、そしてガンガン出てきてしまいます。それに甘えて思考を停止させてしまうのが、最も恐ろしいことです。AIが出してきたものが、本当に目の前のビジネス価値やROIを最大化するものになっているか、ユーザーの幸せにつながっているか。便利なツールがあるからこそ、そこに依存せず、主体的に「考え続けること」ができる人が、これからの時代に価値を発揮するのだと思います。
島田:僕は深い業務理解力が必要になると考えています。AIを使って業務プロセスを自動化したいと思ったとき、その業務がどのようなステップで成り立っていて、関係者がどのような意思を持って動いているのかを深く理解していなければ、本質的な自動化のフローを設計することはできません。そもそもその業務プロセス自体を代替すべきか、あるいは業務自体をなくすべきかといった正しい判断もできないでしょう。また、どのような視野や技術がAI開発に生きるか分からないため(ミューテーションスコアのように)、エンジニアとして視野を広げて勉強し続けることも大切です。
西森:特定の領域のスペシャリストとして振る舞うことも大事ですが、全体を俯瞰してジャッジできる「技術に詳しいジェネラリスト」としての幅広さも必要になると感じます。
その上で、未知の領域に飛び込んでいく意思も重要です。AIは、無限に教えてくれる優秀な「家庭教師」でもあります。例えば、これまで関わったことのないマーケティングやプロモーション領域についてAIと対話を重ねることで、鉄板のフレームワークや用語などの全体像を、自分たちのプロジェクトに引き付けた超具体的な形で高速インプットできます。その上で、AIと一緒にプロモーションの叩き台(企画案)を作成し、ビジネスサイドとの実際のディスカッションの場へ持ち込みます。「専門外だから」と境界線を引いて切り捨てるのではなく、AIを武器にして積極的に関与していく姿勢が重要です。

技術責任を負うビジネスパーソンとして、未来の体験を構想する
最後に、博報堂テクノロジーズという環境で、皆さんは今後どのような新しいサービスや体験を実現していきたいと考えていますか。
島田:僕は自分のことを、単なるエンジニアというよりは、「技術責任を負えるビジネスパーソン」だと捉えています。技術が分かるジェネラリストとしてビジネス設計から関わり、プロトタイプをスピーディに作り、実装、運用までを一気通貫で伴走できる。これこそが、AI時代にエンジニアが提供できる価値だと思いますし、この環境だからこそ体現できる強みです。
小黒:私は、汎用AIにできないこと、具体的には「AIをうまく使った組織・会社づくり」に挑みたいです。労働集約的な業務プロセスやワークフローを全て自動化し、人間はパソコンを開いて通知を確認し、承認ボタンを押すだけでビジネスが進んでいく。人間は承認や判断など「人にしかできない業務」を行う、そんな「AIネイティブなワークフロー」を浸透させた会社を作りたい。これからの数年でAIの性能は劇的に向上し、人間が普通に行っている業務はさらに代替されていくはずです。汎用AIではできない領域を今から作っておきたいですね。
西森:私はソフトウェア単体にとどまらず、センサーやロボティクスなどのハードウェアを通じて現実世界と接続するサービスを実現したいです。現実世界とリンクし、生活空間での状況や行動をデータとして捉え、生活者一人ひとりに合わせた最適な体験を提供する。博報堂DYグループの生活者発想やクリエイティビティと、ソフトウェア・データ・ハードウェアの知識をつなぎ、構想から検証、運用まで一貫して取り組みたいと考えています。
島田:僕もフィジカルAI、とくに「生活者接点」の領域でチャレンジしたいですね。ヒューマノイドや犬型ロボットが当たり前に街を歩くようになった未来で、そうした存在と共生する生活者体験はどうあるべきか。博報堂DYグループならではのクリエイティビティと僕たちの技術を掛け合わせて、その未来の体験デザインを先陣を切って実現していきたいです。
関連情報
関連するテーマ
関連する求人情報
- 【Value Co-creation】テクニカルプロダクトリード(生成AI×博報堂DYグループの新規事業)
- 【Value Co-creation】P4_AIソリューションアーキテクト(顧客向け最先端技術の実装支援)
- 【DX/データ活用支援】シニア開発プロジェクトマネージャー(自社プラットフォーム・プロダクトの活用)
- 【DX/データ活用支援】開発プロジェクトマネージャー(自社プラットフォーム・プロダクトの活用)
- 【Value Co-creation】P4_テクニカルプロダクトマネージャー(アプリケーション開発|モダンフロントエンド開発|AI駆動開発)
- 【Value Co-creation】P4_プロジェクトマネージャー(官公庁案件)
- 【Value Co-creation】P4_ITプロジェクト品質・リスク管理
- 【Value Co-creation】P4_マーケティングシステムプロジェクトプロデュース&マネジメント担当
- 【Value Co-creation】P4_マーケティングシステム事業責任者候補
- 【Value Co-creation】P4_AIコンサルタント(AI活用による業務プロセス変革、顧客体験変革の構想)
- 【Value Co-creation】P4_シニアテクニカルプロダクトマネージャー
- 【Value Co-creation】P4_シニアデータエンジニア(先端技術を活用したマーケティング高度化支援)








