生成AIの社会実装が急速に進む中、多くの企業がその活用に舵を切っています。しかし、汎用的なAIモデルを使うだけでは、いずれ誰もが似通った答えに辿り着く「同質化」の壁に直面します。クリエイティビティを競争力の源泉とする広告業界において、この課題はいっそう深刻です。
今回は、AIが真価を発揮するための環境と組織の構築を主導する、データマネジメントセンターの竹内さんと石山さんに、博報堂テクノロジーズのデータマネジメント戦略について話を伺いました。
日本企業が陥る「同質化」の罠と、欧州で見た「成果経済」の到来
まず、現在の生成AIを取り巻く状況について、どのような課題感をお持ちでしょうか。
竹内: OpenAIのGPTやGoogleのGeminiなどの汎用的なLLM(大規模言語モデル)の活用は進んでいますが、多くの企業が「期待通りにいかない」という壁にぶつかっています。インターネット上の情報を学習した汎用AIは、一般的な見地からのアドバイスをすることはできても、社内に閉じた固有の情報や個々人の頭の中にある暗黙知に基づく回答をすることはできないからです。
社内文書を読み込ませる場合でも、通常のRAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)という方式では、文章を前から順番に区切って検索し、近しい情報を取り出すことになるため「そうじゃないんだよな」という回答になりがちです。要するに、整理されていない情報を無理やりAIに読ませても、整理されていない結果しか出力されない、ということです。
また、ハルシネーションの問題もすでに広く知られているところです。プロンプトの工夫である程度改善することはできるものの、汎用LLMを使用することによる「もっともらしい嘘」は根本的にはなくならない問題です。

広告やマーケティング、クリエイティブを専門領域とする博報堂テクノロジーズだからこそ感じる課題や危機感はありますか。
竹内: 最大のリスクは「同質化」です。同質化というのは、汎用LLMを使用することで、アウトプットが競合と似通った「平均的な正解」に収束してしまうということです。
例えば、あるクリエイターが驚くべき表現を生み出したとします。過去においてはそれが独自の価値でしたが、AIがそのパターンを学習すれば、瞬時に他ブランドでも同じような表現が量産できてしまう。クリエイティブがすぐにコモディティ化してしまうのです。
石山: 少し別の観点で、AIが生み出す動画の質が、人間が生み出すものと見分けられないほど上がってきているという、人間とAIの同質化も進んでいます。これまでは、なんとなくAIっぽいものは信用できないと考えられてきましたが、今、AIが作ったコメディ動画であってもおもしろければ観る、という時代がやってきています。
石山さんは先日、欧州のAIカンファレンスを視察されたそうですが、グローバルな視点ではどう捉えられていますか。
石山: 欧州では既に、AIの社会実装フェーズに向けた議論が進んでいました。キーワードは「成果経済(Outcome Economy)」です。同質化の壁を超えて、誰にも真似できない業界特化のAI(Vertical AI)を作り、そのAIが生む「成果」に対して対価が支払われるビジネスモデルについての議論が活発になされていました。
汎用LLMに頼るのではなく、企業や国が独自のデータと技術で「自分たちだけのAI」を持つという考え方は「ソブリンAI(AI主権)」と呼ばれています。
博報堂DYグループでも、他社には真似できない独自の「広告AI」を持つことで、同質化の波を超えて価値を生み出していけると感じました。そしてそのためには、AI Readyなデータとユニークなナレッジの蓄積が不可欠です。

どこにも負けない価値を生み出すAIをつくるための「AI Ready」なデータ環境の整備
独自のAIを育てるために、博報堂テクノロジーズのデータマネジメントセンターではどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
竹内: 現在、私たちが注力しているのは、AIが即座に活用できる状態、つまり先ほど石山からも話のあった、「AI Ready」なデータ基盤の整備です。
これまでのデータガバナンスは、あくまで「人間が中身を見て理解する」ことを前提に運用されてきました。しかし、これからは「AIが直接読み取り、自律的に理解できる」形式へと最適化していく必要があります。

・メタデータ管理の進化
その象徴的な例のひとつがメタデータの管理方法です。従来、メタデータは手動で管理されるのが一般的で、情報の更新が追いつかないことが多々ありました。人間が介在する場合は、情報の古さや定義のズレを経験則で補完し、正しい回答を導き出すことができましたが、AIが人間を介さず直接メタデータを参照するようになると、情報の鮮度と精度が命になります。メタデータが、最新かつAIが正確に理解できる状態でないと、AIは誤った情報を取得してしまうからです。
そこで登場したのが、アクティブメタデータです。これは、データの利用頻度やユーザー属性、システム間の繋がり、利用目的などの変化をシステムが把握し、自律的にメタデータをアップデートしていく仕組みです。
・データモデリングの進化
そのほか、データモデリングの観点では、テーブル同士の結合関係やデータの意味を、人間用の図や記号を用いたドキュメントではなく、コード(DBML)として記述し、AIが自律的に正しいデータを引っ張ってこられるような整備も進めています。
・Graph RAGの実装
今挙げた2つの例はこれまで人間が担ってきたデータの管理をAIが自律的に行うためのアップデートですが、AIに賢い発見をさせるための仕組みづくりも行っています。これは、Graph RAGと呼ばれる仕組みで、一見離れているように見えるデータ同士の繋がりを可視化できるようにするものです。
最初のメタデータを書くのはあくまでも人間の仕事
AIがデータを読む時代になると、データマネジメントにおいて人間の役割はなくなってしまうのでしょうか。
石山: メタデータというのは生き物のようなもので、データを取り巻く状況は日々刻々と変化するので、少なくとも今後十数年は完全な自動化は難しいと考えています。そういった意味で、人間でなければできないこともまだまだ残ると思っています。

竹内: データの集まる場所とデータを使う人がいるときに、その間に入って、どんな人がなんの目的でどんな風にデータを使おうとしているかを理解し、言語化するのは人間の仕事であり続けるのではないでしょうか。要するに、最初のメタデータを書く仕事です。これは、企業の経営方針、意思、ポリシーが反映される部分なので、人間のアイデンティティとして残っていくと考えています。
博報堂テクノロジーズでは、データに関する悩み事のコミュニケーションがデータスチュワードチームに集約されているので、対応後のフィードバックも含めてコミュニケーションの内容をナレッジ化し、集合知として昇華させるための取り組みも進めています。
創造性の民主化が、同質化を超えた企業独自の価値につながる
データ基盤を整えるだけでなく、それを活用する「アプリ開発」の民主化も進めていると伺いました。なぜ、エンジニアではない現場社員が自ら開発を行うことが重要なのでしょう。
竹内: みんなが同じ課題を抱えていて、一気に解決したほうがよいものはリソースを割いてシステム化されていきますが、そこから漏れている、特定の部署だけが抱える課題、効率化したいのにできていない仕事というものも数え切れないほどあると考えています。
そのすべてについて、エンジニアがシステム開発することは現実的ではありません。でも、今の時代、効率化はエンジニアだけが担うものではありません。AIを活用すれば誰もが自然言語で簡単に実現することができるので、当社ではAIアプリ開発ツール「Dify」を導入しています。業務ニーズを感じている人が、自らの業務が便利になるアプリを作り、完成度が高いものはみんなで使っていければ、どんどん効率化が進むでしょう。
石山: テキストからパワーポイントを作るですとか、決まったフォーマットで文書作成をするなど、小さな業務効率化の積み重ねが大きな業務効率化に繋がっていくと考えています。

竹内: Difyの活用は、グループ会社のHakuhodo DY ONEが先駆けて行っており、すでにいくつものヒットアプリが生まれています。博報堂テクノロジーズとしてもこれに追随していきたいですし、開発されたアプリはグループ横断で使えるものになっているので、アプリそのものやアプリ開発のカルチャーがグループ全体の競争力に繋がっていくと嬉しいです。
石山: AI Readyなデータを整備しグループ内の様々な発想を持つ方々に提供することで、どんどんと新しいものが生まれていく。我々は言わばイノベーション基盤を提供しているのだと自負しています。
時空を超える「バタフライ・エフェクト」を起こすために

最後に、データマネジメントがもたらす未来について、どのようにお考えですか。
石山: まず、データに関するコンプライアンス、権限の整備が喫緊の課題でしょう。そこが解決できれば、AIを含めたデータの民主化が進み、ビジネスのスピードが上がっていくはずです。
また、データの質が上がることでAIの精度が高まり、企業のオリジナリティに繋がっていくと考えています。
竹内: 私たちが目指しているのは、単なる効率化ではありません。AI Readyなデータとナレッジが蓄積されることで、「時空を超える」ことができると考えています。 例えば、10年後の社員や、いくつものグローバル拠点で働く社員が、今の私たちが生み出したアイデアや発想のプロセスに瞬時にアクセスし、それをヒントに新しい価値を生み出す。そんな「バタフライ・エフェクト」が起きる世界を作りたいです。AIがその媒介者になることは間違いありません。
広告は形のない「人の気持ち」を扱う仕事です。だからこそ、ファクトとなるデータの解像度が、アウトプットの質を左右します。 技術は進化し、これまでの人間優位の時代は揺らぎつつあるかもしれませんが、AIと共存しながら新しい価値を「実装」していく。そんな気概を持った仲間と、この変革期を楽しみたいですね。
※2026年1月時点での情報
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